これは売れないといわれた。でも、必要だと思ったから──トイこころ開発者・坂野さんインタビュー

カテゴリー: インタビュー最終更新日:2025年5月20日公開日:2025年5月20日

AEDの認知が高まり、街なかでも目にする機会が増えるなかで、「子どもにAEDをどう教えるか」「興味を持ってもらうにはどうすればよいか」といった課題も浮かび上がってきました。

心肺蘇生やAEDの重要性を伝えるには、まず“きっかけ”づくりが必要です。そんななか誕生したのが、おもちゃのAED「トイこころ」(※)遊びながら自然とAEDに触れられる画期的なプロダクトです。

発売後わずか1週間で1,000個が完売するなど、大きな反響を呼んだこの製品。今回は、開発者である坂野電機工業所の坂野さんに、開発の背景や込めた想いについて伺いました。

※トイこころとは

トイこころ

AEDを啓蒙という形ではなく、楽しく知るきっかけを作っていきたいと思いを込めて開発されたAEDのおもちゃ。おとな・こどもの切り替えスイッチや、音声ガイド、光るショックボタン、添付可能な電極パッドと細かい点にも着目して製作されました。

2025年5月20日現在、トイこころは完売していますが、再販に向けて案内希望の受付が始まっているそうです。再販時に連絡をご希望の方は、以下のフォームから登録されてみてはいかがでしょうか。下記のフォームよりご依頼ください。

インタビュイー:坂野恭介さん

坂野電機工業所 坂野さん

株式会社坂野電機工業所代表取締役。おもちゃAED「トイこころ」やペーパークラフトAEDなどを開発。病院業務、医療機器メーカー勤務、AED販売を経て、坂野電機工業所代表取締役。臨床工学技士資格を持ち、北海道を拠点に活動中。

インタビュアー:清水 岳(AEDコム責任者)

清水

本日は、お時間いただき、ありがとうございます。

トイこころの初回生産分は完売だとお聞きしました。今回はその開発経緯や困難だったことをお聞かせいただけたらと思います。

坂野様

ありがとうございます。今日は、よろしくお願いします。

「もうやめたい」と何度も思った—開発中に感じた葛藤

坂野電機工業所 坂野さん

清水

開発中に「もうやめたい」と思った瞬間って、やっぱりありましたか?ものづくりの過程で、そういうタイミングって避けられないですよね。

坂野様

何度もありました。

そもそも、おもちゃ作りが初めてだったので、思っていた以上にやることが多すぎて。最初は「楽しく作れたらいいな」くらいに思っていたんですけど、現実は全然甘くなかったです。

清水

坂野さんがAEDのペーパークラフト(※)は作成されたことは知っていましたが、おもちゃ作りは初めてだったんですね。

初めの1個を作るというのは、相当大変だったんじゃないでしょうか?

AEDのペーパークラフトについて

AEDペーパークAED

AEDを学ぶきっかけ作りとして、坂野さんはAEDペーパークラフトを作成しました。

坂野様

とても大変でした。

デザインして、それを3Dに起こして、さらにそれを実際に作ってくれる工場を探してと、全部自分でやる必要があって、正直「もう無理かも」と思うことは何度もありました。

清水

想像以上にやることが多かったんですね。とても大変そうです。

実際には、どんなステップを踏んでいかれたんですか?

坂野様

まずは、おもちゃのデザインですね。それを3Dデータにしてもらう必要があって、プロのプロダクトデザイナーにお願いして形にしていきました。

清水

なるほど。まずは、製品のデザインからですね。

坂野様

そのあとがまた大変で。3Dデータができたら「じゃあ、誰が作るの?」って話になるんですけど、製造してくれる会社が全然見つからなくて。

片っ端から工場に電話したんですけど、「うちは個人の依頼は受けていません」とか、「最低ロットは1万個です」とか、門前払いばかりでした。

清水

1万個!? それは確かに個人では厳しい数字ですね。

工場探しが一番の難関だったということでしょうか?

坂野様

そうなんですよ。

最低の製造ロットが1万個って聞いた瞬間、「いやいや無理無理!」ってなりました。まず100個でも作れるかどうかで必死なのに、いきなり1万個は桁違いでした。

しかも、「おもちゃのAED作りたいんです」といっても、相手に全然伝わらないんですよ。「それ何?」みたいな反応で、説明をしても、「うちじゃ無理ですね」とか、「検討すら難しいです」っていわれて。心が折れかけました。

坂野電機工業所 坂野さん

想像以上に、おもちゃ作りは大変でしたと語る坂野さん

清水

それでも諦めなかったというのは、やはり強い想いがあったんですね。

坂野様

「こんなおもちゃ、あったら絶対いい!」って本気で思ってたんですよね。

SNSで応援してくださる人たちがいたり、「絶対あったほうがいいものだよね」っていってくれる声もあって。それが支えになってました。

それと、「作るって言っちゃったから」っていうのも大きかったです(笑)

製造までの困難と支えてくれたパートナーとの出会い

トイこころ

清水

応援の声もあったとのことですが、周囲からのリアクションもさまざまだったと思います。

特に、印象に残っている声などはありますか?

坂野様

本当に賛否両論ありました。

「こんなの見たことないから楽しみ」っていってくれる人もいれば、「これ売れるの?」「AEDで遊ぶってどうなの?」って否定的な声もありました。

否定的な声については、ある程度覚悟していましたので、落ち込むというより「まあ、いわれるよね」と冷静に受け止めていました。

清水

トイこころには、音声や光など機能はたくさん付属していますよね?

坂野様

最初は本当に自信はなかったです。2023年の2月くらいに「作るぞ」っていい始めた頃は、音声も光も振動も入れない予定でした。

でも、プロジェクトを進める中で「やっぱ音が鳴ったほうがいいよね」「振動したらリアルだよね」「光ったら子どもが喜ぶよね」と、どんどん要素を追加していって。

気がついたら、すごく凝ったものになってました(笑)

清水

それだけ拘ると、やっぱりコストにも響いてきますよね。

坂野様

そうですね。たとえば、基板は最初は使う予定もなかったのに、音声や振動を入れるなら必要になりました。

基盤も、海外と日本で作るのでは、価格のゼロが1個くらい違います。

清水

ひえー、そんなに差があるんですか!?

坂野様

はい。

最終的に海外に依頼しました。初めは大丈夫かなという不安もありましたが、リアクションが早くて結果的にすごく満足のいく基板ができ、信頼もできたので、今ではそこへお願いしています。

清水

海外への依頼だと、すごいコストダウンになりますね。

結果的にいいパートナーに出会えてよかったですね。

坂野様

本当によかったです。とても助かりました。

坂野電機工業所 坂野さん

トイこころの製作ではたくさんの方にお世話になりました。

清水

他にもそうした出会いや支えになった方はいらっしゃいましたか?一人ではできないことも多いと思うので。

坂野様

長野県のスワニーという会社(※)さんです。小ロットでも対応してくれて、組み立てまでお願いできたのが本当にありがたかったです。

普通だったら「組み立ては別の業者に」となることが多いんですよ。でも、スワニーさんは「やりましょう」とお声がけいただきました。

※有限会社スワニー

「人の心を動かすカタチづくり」をコンセプトに最新の技術と設備で製品設計を行う会社。

会社URL:https://www.swany-ina.com/

音声ガイド導入のきっかけは支えてくれた方のおかげ

清水

トイこころの性能面でのお話ですが、音声ガイダンスも聞き取り易くていいですよね。どういった経緯で声を録音されたんですか?

坂野様

実は、LINEのオープンチャット(※)で「私、声優です」って声をかけてくださった方がいて。

いろんな声のパターンを録ってくれて、その中から選ばせてもらいました。あの方がいなかったら、音声を入れるというアイデアも実現しなかったと思います。

※LINEのオープンチャット「AED認知活動報告」

LINEブランドアイコン

坂野さんの主宰のオープンチャット。2025年5月現在で411人ものメンバーがいます。活動に興味のある方は下記よりご参加ください。

LINEのオープンチャットについて詳しくは公式サイトをご確認ください。

清水

企画を進めていく中で、特に意識されたことはありますか?

坂野様

「楽しい」と「正しい」の両立ですね。

おもちゃだけれども、間違ったことをいってはいけない。だからセリフの内容は、本物のAEDの流れにできるだけ近づけました。

でも、子どもも楽しめるように、「ミッション完了!」みたいに遊びの要素も取り入れてます。

遊びから始める救命学習―トイこころが描く未来とは

トイこころ

清水

「ミッション完了!」っていうセリフも遊び心があっていいですね。遊びの中で自然と学べる設計は意識されたんですね?

坂野様

はい、そこは意識しています。

これでAEDの使い方を「学ぶ」というよりも、「興味を持つきっかけ」になってほしいですね。実際、AEDに触れることで、「これ何?」「どこにあるの?」って大人も巻き込まれていくんです。

子どもから大人へと、自然と広がっていく仕組みができたらいいなって思います。

清水

やっぱり、そういうきっかけを与える教材って大事ですよね。

子どもたちが興味を持つ入口になってくれそうです。

坂野様

「ちゃんとしたものを作りたい」という思いがあったので、妥協せずにやりました。

ただ、金型が特に高くて……。上型・下型・ボタン型とそれぞれ必要で大変でした。

清水

金型の費用って本当に高いと聞きます。

それでも妥協せずに作られたのはすごいですね。

坂野様

再販も予定しています。次は2,000〜3,000個を目安に準備しています。

個人の方にも届けたいですが、幼稚園や学校からの声がとても多いです。教育用品カタログに載せてほしいという要望もあるので、そっちにも力を入れていきたいです。

清水

今後はどういった展開を考えていらっしゃるんですか?

坂野様

心肺蘇生をいきなり学ぶのではなく、その前のステップの興味を持ってもらうことが何より大事だと思ってます。

トイこころもそういった目的で製作しましたが、今後もそういう興味を持つ「きっかけ」を作る活動を続けていきたいです。

清水

私たちにできることがあれば、協力させてください。今日はありがとうございました。

坂野様

ぜひ、お願いします。ありがとうございました。

まとめ

坂野さんの「トイこころ」開発ストーリーには、誰かの命を救いたいという願いを子どもたちにもつないでいくための工夫と情熱が詰まっていました。

AEDや心肺蘇生という言葉にまだピンとこない子どもたちに、まずは「触れる」「楽しむ」をきっかけとして届けたい。そんな想いから生まれたおもちゃのAEDは、家庭や教育現場に少しずつ広がり、救命の意識を育てる第一歩になっています。

命を守る行動は、特別な誰かだけのものではありません。子どもたちの好奇心をきっかけに、私たち大人も改めてAEDや救命について考える。「トイこころ」は、そんな新しい循環を生み出す存在として、今後ますます注目されていくと思います。

なお、製造プロジェクトについての想いは、製品ページでも、より熱く詳しく語られています。よろしければ、あわせてご確認ください。

また、2025年5月20日現在、トイこころは完売していますが、再販に向けて案内希望の受付が始まっています。再販時のご連絡を希望される方は、以下のフォームよりご登録ください。

製品 トイこころ
製品画像

トイこころ

製品URL https://toycocoro.com/
製作会社 株式会社坂野電機工業所
製作会社URL https://sakano-denki.com/

この記事を書いた人: 清水 岳

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株式会社クオリティー AED事業部 部長 清水岳 : AEDコム・AEDガイド責任者、AED+心肺蘇生法指導者、高度管理医療機器販売・貸与管理者、防災士、上級救命講習修了。 AED専門店「AEDコム」を運営し、日本全国に年間3,000台以上を販売、導入企業数は16,000社を突破。心肺蘇生ガイドライン、AEDの機器に精通。
子どもたちの命を守るために 保育園にAEDは必要?保育園にAEDを設置する義務はある? 導入方法・助成金・おすすめ機種まで徹底解説!

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