AEDの使用における一次救命処置は、偶然、現場に居合わせた人々(バイスタンダー)によって行われることが多く、傷病者の生命を救うためや社会復帰率の向上に極めて重要です。
しかし、「女性にAEDを使用することでセクハラで訴えられるのではないか」とX(旧Twitter)で時折議論がなされています。
過去にAED使用に伴うセクハラ・強制わいせつによる判例(※)はありませんが、それでも「訴えられる心配がない」という絶対的な安心感が必要かもしれません。
※参考:【弁護士に聞いてみた】AEDを使ってセクハラになる可能性ってありますか?
こうした問題意識を踏まえ、今日は「善きサマリア人の法」に焦点を当てて、一人でも多くの命が救われるような社会づくりについて考えてみたいと思います。
1. AED使用とジェンダーギャップ
心停止時にAEDが使用される場面は、今や当たり前といっても過言ではありません。「【女性とAED】服は全部脱がせなくても大丈夫。訴訟リスクがないことを知ろう。」でも紹介させていただいている通り、残念ながら男女間でAED使用率に差があるというデータがあります。
男性が倒れた場合よりも、女性が倒れた場合の方が、救助者がAEDを使用することに躊躇する傾向にあるということです。その背景には、「女性の服を開ける行為がセクハラにつながるのではないか?」という懸念が見られます。
しかし、実際にはAEDの使用によるセクハラ訴訟の事例は報告されていません。
AEDを使用する際には必要以上に衣服を脱がせる必要はなく、必要最小限の露出で対応が可能です。重要なのは、迅速かつ適切にAEDを使用することであり、救命の行為がセクハラとみなされることは通常ありえませんが、こういった話題でしばしば善きサマリア人の法という言葉を耳にします。
2. 「善きサマリア人の法」とは?
- 「善きサマリア人の法」とは
- 「善きサマリア人の法」とは、聖書に登場する「善きサマリア人のたとえ」に基づく倫理的原則を指します。このたとえは、ある人が強盗に襲われて傷ついて道端に倒れていた時、異なる民族や信仰のサマリア人がその人を助け、傷の手当てをしたという話から来ています。
現代では、「病者、負傷者その他の困っている人を助けようとした行為が結果的に望ましくないものだったとしても救助者の責任を問わないとするもの」として、基本的には民事上の不法行為法における責任軽減事由として位置づけられる概念とされています。
訴訟大国と知られるアメリカ合衆国はもちろん、カナダやオーストラリアなどで施行されており、日本においても立法化すべきか否かの議論がなされています。
参考:世界各国の「善きサマリア人の法」(2023年11月調べ)
オーストラリア | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | 有 | |
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ベルギー | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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カナダ | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | 有 | |
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フィンランド | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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フランス | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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ドイツ | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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インド | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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アイルランド | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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アラブ首長国連邦 | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | - | |
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イギリス | 法・制度の有無 | 有 |
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州や地域による差 | 有 | |
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3. 「善きサマリア人の法」の問題点
善きサマリア人の法は、緊急時、他人に援助を提供した人々を、その行為の結果についての責任から保護する法律です。これらの法律の主な意図は、人々が法的な効果を恐れずに援助を提供するよう奨励することにあります。
しかし、これらの法律には以下のような問題点が指摘されることがあります。
1. 適用範囲の不明瞭さ
どのような行為が「善意の救助」と見なされるかが不明瞭な場合があります。どこまでの援助が法的保護の対象となるのか、またどのような状況下で保護されるのかが、法律によって異なる場合があります。
2. 専門的な医療行為への適用
勤務時間外に救助活動を行った場合、彼らの行為が専門的な基準に達している必要があるかどうかは、法律や州によって異なります。専門家が同様の保護を享受できるかは一様ではありません。
3. 不適切な援助
救助行為が受傷者の状態を悪化させた場合、救助者が過失を問われる可能性があります。いくつかの法律では、明らかな過失や故意の不手際は保護の対象外とされています。
4. 救助義務の不在
ほとんどの善きサマリア人の法は、救助を行わなかった場合の罰則を設けていません。つまり、誰かが援助を必要としていても、それを無視して通り過ぎることが可能です。
5. 救助知識の欠如
救助を試みる人々が適切な救命技術を知らない場合、彼らの介入が害をもたらす可能性があります。
6. 保険との関係
救助者が負った損害に対する保険の適用範囲が不十分であることがあります。
7. 異なる法域間での差異
国や州によって善きサマリア人の法の内容は異なり、ある場所で保護される行為が他の場所では保護されない可能性があります。
これらの問題点は、法律の解釈や適用において不確実性を生じさせ、結果として緊急時の援助行動を妨げる可能性があります。それでもなお、善きサマリア人の法は、一般的には救助行動を促進し、無償の援助を行う人々を保護するという肯定的な役割を果たしています。
4. 「善きサマリア人の法」は必要・不要論
日本においても「善きサマリア人の法」のような法律の必要性が声高に叫ばれることが増えてきましたが、見解は様々です。
「善きサマリア人の法」必要派
特に現場で直面している救命活動者からの訴えが多く聞かれます。
緊急事態において応急手当を施した人々の割合は少なく、多くの人が法的なリスクを恐れて行動を起こさないことが背景にあります。
このような状況を変えるためにも、明文化された法律が必要だとの意見があります。
「善きサマリア人の法」不要派
主に1994年に総務庁から出された報告書に基づいています。
この報告書は、緊急事務管理に関する規定がほとんどのケースをカバーしているとし、新たな法律の制定よりも現行法における免責制度の普及に重きを置くべきだと結論づけています。
善意による救命手当てがもたらす損害については、現行法でも民事、刑事の免責が認められるというのが一般的な見解です。
5. サマリア人の法でセクシャルな法的不安を解消できるか?
各国・各州の法制度を調べてみても、内容に違いがあることがわかります。バイスタンダーのスキルや傷病者の状態(アルコールやドラッグ)、どんな状況かなど、その国や州における考え方や情勢が加味されています。
今の日本では、性的な疑惑を持たれるだけでマイナス要素であり、法的な保護で守られているとはいえ、訴えるのが自由であれば裁判で勝ったところで、デメリットにしかならないという声が目立つように感じます。
また、日本に限った話ではありませんが、法律には例えば「年に1度国会に召集する」といった明確に定義された法律が存在する一方で、特定の状況に柔軟に対応できるように曖昧さや解釈の余地を大きく残した抽象的な法律があるように思います。
サマリア人の法を日本で採用する場合には、誰もが安心して助けることができる日本独自の「善きサマリア人の法」が必要です。日本においては、どのような形の「善きサマリア人の法」が望ましいと思いますか?
そもそも、盗撮のような悪意を持った行為をする側に問題があり、現行法で問題なく不要であるという意見もいいと思います。
まとめ
一般市民が救命措置を行いやすくすることで、救助活動の促進が期待されています。さらに、法的な保護が明確で一般市民に浸透していけば、性別やセクハラ問題をはじめとする不安要素を軽減し、救命活動を行う際の心配を減らせるはずです。
現在の法律でも十分に対応しているとはいえ、より明確な指針とガイドラインを求める声が多く上がっており、今後も議論の対象となりそうですが、大事なことは命が最優先であることです。法律を含め、一次救命の知識を持っている人が増え、助かる命が増えることを望みます。
参考
- https://www.legifrance.gouv.fr/codes/id/LEGIARTI000042083934/2020-07-05
- https://www.legifrance.gouv.fr/codes/article_lc/LEGIARTI000037289588
- https://www.ontario.ca/laws/
- https://web.archive.org/web/20071217050919/http://www.cafb-acba.ca/english/GetInvolved-GoodSamaritanLaw.html
- https://recreation-law.com/2014/05/28/good-samaritan-laws-by-state/
- https://www.govinfo.gov/content/pkg/CRPT-105hrpt456/pdf/CRPT-105hrpt456.pdf
- https://www.racgp.org.au/getattachment/9e3badba-a7b8-4ea5-96c1-38392da56366/attachment.aspx
- https://www.gesetze-im-internet.de/englisch_stgb/englisch_stgb.html#p2729
- https://www.gesetze-im-internet.de/sgb_7/index.html
- https://timesofindia.indiatimes.com/india/president-gives-assent-to-indias-first-good-samaritan-bill-of-karnataka/articleshow/66014901.cms
- https://www.jiam.jp/journal/pdf/95-05-01.pdf
- https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/kk/kk_31.pdf
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