AEDの業界では少しずつですが、使用した後のメンタルケアを推進するようになってきました。
ただ、その内容は、講習や資料の最後に、「立ち会った人のメンタルケアが大切です」と書いてあるだけであったり、メンタルケア施設の連絡先を書いていたりするだけで、具体的なことが広まっていないように感じます。
今回は、自衛隊の心理教官のキャリアを持つカウンセリングの先生に、AEDを使用するときの心理的なストレスやその心構え、アフターケアなどについて聞いてきました。
インタビュイー:下園 壮太(しもぞの そうた)
特定非営利活動法人メンタルレスキュー協会理事長。元・陸上自衛隊メンタル教官。陸上自衛隊初の心理幹部として多数のカウンセリングを経験。東日本大震災時は、陸上自衛隊のメンタルヘルス施策に関する全般指示に関わる。現在は退官し、講演や研修、著作活動を通して独自のカウンセリング技術の普及に努める。近著に『クライシス・カウンセリング(上級編)』(金剛出版)
インタビュアー:清水 岳(AEDガイド責任者)
下園先生、今日は、よろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
(注)インタビューでは、救助者のメンタルを優先した内容となっています。救命を優先した蘇生ガイドラインの手順とは異なる点があることにご注意ください。
救助者の心理は「葛藤」がはたらく
早速ですが、まずは救助者の心理についてお伺いできたらと思います。
心停止の現場では、傷病者が流血していたり、泡を吹いていたりとショックな現場も想定されると思いますが、トラウマになるケースはありますか?
あると思います。
人の命に関わる変化を見るということは、原始人的なメカニズムからすると、自分にも危険があるのではないかと思ってしまうものです。
倒れている人が流血している様子を見て、近くに危険があるのではないかと思い、近づかないようにと鮮明に状況を記憶してしまいます。
それは、人間の本質ということでしょうか?
その通りです。
人が倒れているのを見て、危機感を感じてしまうわけですね。
はい。それと同時に人は、弱っている人を助けようとする生き物でもあります。
救助したいと思う気持ちと危険に向き合う気持ちとで葛藤が生じます。救助者は、葛藤を乗り越えて傷病者に近づかないといけないわけです。
救命行為を行うことは、勇気がいります。
なるほど……。
状況が悲惨であればあるほど、その葛藤は大きくなります。
危険な状況は避けたいと思う気持ちは強くなり、記憶として頭の中に残しておく機能が働きます。これは、普通の記憶とは別として残り、トラウマになる場合があります。
トラウマの症状は「鬱」と「PTSD」
こういった記憶に残るトラウマは、具体的にはどういった場合でしょうか?
普通の記憶と別に脳裏に残りやすい場合が2つあります。
1つ目が無力感です。
「怖い思いをしたのに、自分が何も役に立たなかった」「自分は現場で誰にも助けて(手伝って)もらえなかった」というように思い込んでしまうことです。
はい。
2つ目は責任です。
救命後、傷病者が亡くなってしまった場合、「自分のせいで1人の方がお亡くなりになってしまった」と自責で思い込んでしまうことです。
最近では、動画を取るのも簡単ですし、周囲の目もあり、怖く感じますよね。
ミスがなかったかと自問し、「周りから糾弾されるのでは?」と不安になるんです。
トラウマになると、どういった症状が考えられますか?
鬱とPTSD(※1)です。
初期症状としては、鬱の場合は人が怖い、やる気がなくなる、だるいと感じることがあります。
PTSDは記憶のフラッシュバックです。これらは、同時に被っても起こりえます。
- (※1)PTSDとは
- PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態です。PTSDは決して珍しいものではなく、精神医療においては「ありふれた」病気のひとつであると言えます。
トラウマを抱えやすい方の特徴などはありますか?
健康状態の悪い方や、事後ケアがなければ、なりえる可能性があります。
事後ケアは、たとえば、立ち会った医師や消防の方から「あなたのできる範囲でやれることは十分にやりました」といったフォローの言葉をいただくようなものです。こういった言葉はやはり支えとなりますし、心強いですよね。
仰る通りだと思います。
事後ケアというと、よく救助者を表彰してニュースになることがありますが、どう思いますか?
難しいところです。
救命行為を失敗したと思っている救助者は、表彰を怖いと思う場合もあると思います。
救命における心構えとは
ここまで、救命行為に対して心理的なハードルが高く感じてしまいそうなお話でした。
そういったハードルを下げるために、救助をする人が心構えとして備えておくといいことは何かありますか?
はい。2つあります。
1つは救命手順をきちんと覚えておくことです。「きちんと」というのが大切です。あやふやな状態は、無力感や自責につながりやすいです。
もう1つは、他の人は絶対に自分を助けてくれないという前提意識を持っておくことです。
後者はどういった意味でしょうか?
いわゆる基準の持ち様ですね。助けてもらえたらラッキーだと思っておく方がいいということです。というのも、これまで説明したように、救命の現場では人は救命に関わるのが、怖くなるのが普通なのです。
助けてもらえることを前提にすると、いざ現場で誰も助けてくれなかったときに、自分だけに傷病者の命を背負わされたと思い、人(他者)に対する恐怖心が芽生える可能性があります。
基準を高く設けておくことで、最悪な状況に対して、心の備えとなります。
なるほど。
救命講習では、周囲に助けを求めましょうとペアを組んだりしてトレーニングする場合が多いですが……。
それは、もちろん理想形です。
ただ、突発的に立ち会った現場が必ずしもそうであるとは限らないですよね。
救命現場では複数人の救助を推奨していますが、最悪を想定して、1人で行うのが前提だと思っておいた方がいいということですね。
その通りです。
救助者の援助もできることのひとつ
救命やAEDの使用に関しては、損得で考える人も多い中、少しでも協力したいと思っている人に対して、何かアドバイスはありますか?
あります。
メインで救命を行っている方の心情を理解して「何かお手伝いできることはありますか?」と救助者を援助するのがいいと思います。メンタル的にとてもいいことです。
救助者の援助はいいですね。
救助者にとっても心強いですし、声を掛ける側も勇気はいりますが、無力感や自責には繋がりにくそうです。
救命現場では、救命以外にもできることがあると思います。
人垣を作ったり、野次馬を退けたりとかですね。
そうですね。
現場の交通整理など、救命の専門知識がなくても、できることはあると思います。
救命手順があやふやな場合には
私も講習を行うことがあるのですが、その際にはメンタルケアのことに触れていこうと思いました。
講師としての立場でアドバイスをいただきたいです。
もちろん講習の目的としては、救命スキルを覚えてもらうことにあると思いますので、しっかり救命手順を覚えてもらうことは大切です。
ところが、実際、受講したのが数年前でいざ救命の現場に立ち会った場合などは、手順があやふやで自信がなくなりますよね。
何年か前に受けたきりという方は多いと思います。
ですので、伝え方として、講師の方は、
- 知識が新しい場合は、積極的に救命に関わってください
- あやふやになった場合は、AEDの指示に従ってください
- それでも講習の記憶が戻らない場合には、救命をメインで行う方を精神的にサポートをしてください
とお伝えするといいと思います。
段階的で分かりやすいです。
救命の技術を忘れてしまったとしても、救助者を精神的にサポートすることはできるはずです。
何か決まった文言があると良いのですが、先のように「何かお手伝いできることはありますか?」と声掛けするのがいいでしょうか?
はい。
それがいいと思います。
カウンセリングは美容院に行く感覚で
もし、トラウマを抱えてしまった場合は、カウンセリングを受けるのがいいのでしょうか?
はい。
カウンセリングを受けるのがいいと思います。
実は、私もこのお話の前にカウンセリングを受けてみました。
いざ、カウンセリングを受けようと思ったとき「誰を選んだらいいのか?」「病んでいると思われたくない」という気持になり、受けることのハードルが高く感じました。
あまり身構えずに気楽に美容院に行くような感覚がいいと思います。
人によって合う・合わないはありますから。いいと思ったら行きつけにする、嫌だったら辞める程度で十分です。
ええ!? そんな感じでいいんでしょうか?
カウンセリングは相性です。気楽に受けていいんです。
AEDの問題だけでなく、悩んだときに周囲の人に相談するうえで、カウンセリングを受けるメリットは、「カウンセラーは秘密を守ってくれる」というのが大きいです。
その前提があると、話しやすいと思います。
秘密というのは、話してしまうことに罪悪感を感じるケースもありますが、誰にも話していないというのは、ある意味自分に嘘をついているんですね。
誰かに話すことで嘘つきの自分はなくなるんです。ですから、カウンセラーと秘密が共有できるというのはメンタル的にいいことです。
なるほど!
他にも、カウンセリングに限らず、AEDを使ったときの話を救命のプロの方や経験のある方などが身近にいれば、体験を話し「俺もそうだったよ」「あの時は俺も寝れなかったよ」などいってもらえるといいですね。
誰かに話をすることで自己理解を深めることもできます。
救命率の向上とともに、メンタルの面でもみんながサポートしあってケアしていけると望ましいですね。
本日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
最後に並んで撮影。
本インタビューのまとめ
救助時には無力感と責任感を感じてしまうことがある
そうならないために、事前の心構えと知識が大事。
- 救命の手順をきちんと覚える
- 一人で行う心づもりでいる
救助の場面でのメンタルケア
- 知識が新しいうちは積極的に、分からない場合はサポートに回る
- 「何かお手伝いできることはありますか?」の一声
- 医師、救急隊員、看護師などのプロの方から「やれることはやった」の一声が大きい
技術がなくてもできること
- AEDを取りに行く
- 人垣をつくるなどの野次馬への対処
- 救急車の誘導などの交通整理
もし、今も記憶に残っているようなことがあれば
下園先生は、悲惨な出来事でショックを受けている人を心理的に支え、カウンセラーを育てている専門家です。もし、今も心に残るような出来事で悩んでいたら一度相談してみるのはいかがでしょうか。
法人名 | 特定非営利活動法人 メンタルレスキュー協会 |
---|---|
URL | https://mentalrescue.org/ |
住所 | 〒160-0003 東京都新宿区四谷本塩町15-12カーサ四谷503 |
下園壮太公式HP | https://www.yayoinokokoro.net/ |
撮影協力
- 牧野 圭子(まきの けいこ)
- HP:https://photo-makinokeiko.com/
- Instagram:https://www.instagram.com/maki_tuku/
注意事項
症状や治療については、必ず主治医の診断を受けてください。