妊婦さんにAEDを使用しても大丈夫?知っておくべき注意点と正しい知識

カテゴリー: 心肺蘇生法, AEDの使い方最終更新日:2025年6月17日公開日:2025年6月13日

妊婦さんが急に倒れた際、「AEDを使用してもいいのか」、「赤ちゃんに影響が出ないか」と不安になるかもしれません。しかし、心停止の場面では一刻も早い心肺蘇生とAED(自動体外式除細動器)の使用が母親と赤ちゃんを救うために重要です。

この記事では、妊婦さんにAEDを使用できるのか、妊婦さんが倒れた際の正しい対応方法や注意点について、最新のガイドラインに基づいて解説します。

1. 妊婦さんにAEDは使用可能!できるだけ早くAEDを使おう

妊婦さんにAEDは使用可能

妊婦さんが倒れて心停止が疑われる場合、AEDを使用できます。AEDは、止まった心臓のリズムを戻すための有効な手段のひとつです。心肺蘇生とともに、できるだけ早くAEDを使うことが助かる確率を大きく左右します。

海外のデータでは、一次救命処置(倒れた人にすぐに心肺蘇生やAEDなどの手当て)を受けた妊婦さんの生存率は58%です(※1)。また、日本蘇生協議会のJRC蘇生ガイドラインに基づいた「JRC蘇生ガイドライン2020 第5章 妊産婦の蘇生」においても妊婦さんへのAED使用が記載されています(※2)

心停止によって母親への酸素供給が止まると、赤ちゃんへの影響はさらに危険な状況になります。母親の命を守ることが、赤ちゃんの命を守ることにもつながります。そのため、妊婦さんが倒れて心停止が疑われる状況では、赤ちゃんへの影響を過度に心配せず、すぐに心肺蘇生とAEDを使用してください。

※1. 参考文献:Cardiopulmonary resuscitation in the pregnant patient(PMC)

※2. 参考文献:一般社団法人日本蘇生協議会
『JRC蘇生ガイドライン2020(PDF版)第5章 妊産婦の蘇生』

2. 妊婦さんが心停止に至る原因とは? 産科的・非産科的要因を紹介

妊婦さんが心停止に至る原因は、妊娠や出産が関係しているもの(産科的原因)とそれ以外の病気に分けられます。以下に詳しく解説します。

2-1. 羊水塞栓症や弛緩出血などの産科的なもの

妊婦さんが命を落としてしまう原因の多くは、妊娠や出産に伴って起こる病気や合併症で、その数は半数以上を占めます(※3)。中でも、心停止に至る原因となりうる疾患に関しては以下のものがあります。

羊水塞栓症
(ようすいそくせんしょう)
羊水が血管に入り込み、急に呼吸や心臓が止まってしまう病気です
子癇
(しかん)
妊娠高血圧腎症が進行して起こるけいれん発作です
HELLP症候群
(ヘルプしょうこうぐん)
妊娠高血圧症候群がひどくなると起こる病気です。上腹部痛や嘔吐、けいれんが起きます
高マグネシウム血症 治療のために使用するマグネシウム製剤の量が多すぎることで起こる病気です
分娩後出血、
弛緩出血
(しかんしゅっけつ)
出産後に子宮の収縮が弱く、大量出血してしまいます
妊娠高血圧腎症 妊娠中に血圧が高くなり、蛋白尿が出る病気です
周産期心筋症 妊娠中から出産後6ヶ月までに、心臓が正常に働かなくなる病気です

これらの病気は、妊娠中の体にかかる大きな負担が原因で、突然命に関わる状態になる可能性があります。

※3. 参考文献:産婦死亡症例検討評価委員会 日本産婦人科医会(令和4年9月)
母体安全への提言2021 Vol.12

2-2. 妊娠前からの病気や妊娠中に発症したもの

妊娠に直接関係しない病気でも、妊娠中の体調の変化で発症、悪化して心停止になることもあります。

麻酔合併症 手術で使う麻酔の影響で、呼吸や意識がなくなります
大動脈解離 心臓から出る太い血管が裂けて、強い胸の痛みやショック状態になる病気です
出血
(消化管出血など)
胃や腸などから大量出血します
心疾患
(心筋梗塞や不整脈など)
血管が詰まったり、心臓のリズムが乱れたりして、倒れてしまいます
脳血管障害
(脳出血や脳梗塞など)
脳の血管が詰まったり破れたりして、意識がなくなったり体が動かなくなったりします
播種性血管内凝固
(はしゅせいけっかんないぎょうこ)
体の中で小さな血の塊ができてしまう病気。血液が固まりやすくなることで、逆に血が止まらなくなってしまいます
敗血症
(はいけつしょう)
体の中で感染が広がって、命に関わる状態です
血栓・塞栓症 血の塊が血管を塞いでしまう病気です

このように、妊婦さんはさまざまな原因で心停止を起こす可能性があります。どのような原因であれ、心停止が疑われる場合には、迅速な心肺蘇生とAEDの使用が重要です。

3. 妊婦さんへのAED使用方法|一般的な手順と妊婦特有の注意点

妊婦さんにAEDを使用する際の手順は、一般的な手順と変わりません。しかし、妊婦さん特有の注意点があるため、以下に詳しく解説します。

3-1. 妊婦さんへのAED使用までの手順

妊婦さんへAEDを使用するまでの手順は以下になります。

安全確認

安全確認

周囲の安全を確認し、事故が起きないように注意します。

反応の確認

反応の確認

倒れている方の肩を叩きながら「大丈夫ですか」と声をかけ、反応があるか確認します。反応がない、または反応があるか判断に迷う場合は、大声で助けを求め、周囲の人に応援を頼みます。

「誰か人が倒れています」「救急車お願いします」「AEDを持ってきてください」など具体的に頼むといいでしょう。

呼吸の確認と心停止の判断

呼吸と脈拍の確認

胸とお腹の動きを見て、呼吸をしているか確認します。

普段どおりの呼吸がある場合

呼吸状態を引き続き観察して、救急隊の到着を待ちます。待機をするときは、仰向けになると腹部の大きな血管(下大静脈/かだいじょうみゃく)を圧迫してしまうため、左側に寝かせるようにしましょう。ただし、救急隊を待っている間に呼吸が確認できない、普段どおりでない呼吸になった場合は、心停止とみなして心肺蘇生法を開始してください。

30回の胸骨圧迫と2回の人工呼吸を繰り返します。ただし、人工呼吸については以下の場合は避け、胸骨圧迫のみ行います。

人工呼吸を避けた方がいい場合

  • 人工呼吸の方法を知らない、または練習していない場合
  • 人工呼吸用のマウスピースがない場合
  • 血液や嘔吐物などで感染の可能性がある場合

呼吸がない、あるいは判断に迷う場合

心停止と判断し、ただちに胸骨圧迫を開始します。胸骨圧迫の場所は、胸骨の下半分の部分です。胸骨圧迫のポイントについては、【公表】JRC蘇生ガイドライン2020を読み解く。一次救命処置の重要ポイント。の記事もご参照ください。

もし、人がいるのであれば、1人が胸骨圧迫を行い、もう1人が妊婦のお腹を左側にずらす「子宮左方移動」を併用しながら実施しましょう。子宮左方移動については、後ほど解説します。

3-2. AED到着後からの手順

AEDが現場に到着したら、以下の手順で進めます。

AEDの電源を入れる

AEDの電源を入れる

AEDを開けるか電源ボタンを押して電源を入れます。その後、AEDの音声ガイダンスの指示に従います。

電極パッドを貼る

電極パッドの貼る位置

音声ガイダンスに従い、倒れている人の衣服を緩めて素肌を出し、電極パッドを貼ります。

貼る場所は胸の前側と脇の下です。難しければ、胸の前側と背中あたりか左胸の下のあたりと背中側も可能です。胸が大きい場合は、乳房を避けて左胸の外側か下部に当てます。

心電図の解析

電極パッドを正しく貼ると「患者に触れないでください」とアナウンスされ、AEDが自動的に心電図の解析を始めます。

電気ショックが必要か否かのアナウンス

電気ショックが必要な場合

「電気ショックが必要です」といったアナウンスとともにAEDは充電を開始します。充電完了後「ショックボタンを押してください」とアナウンスが流れたら、周囲の安全を確保し、誰も体に触れていないことを確認して、ショックボタンを押します。

電気ショックが不要な場合

「電気ショックは不要です」とアナウンスが流れます。

心肺蘇生の再開

電気ショックを行った後、あるいは電気ショックが不要だった場合もすぐに胸骨圧迫と人工呼吸を再開します。

AEDは2分ごとに自動的に心電図の解析を行うため、パッドは貼ったままにしておきましょう。救急隊が到着するまで、あるいは倒れている妊婦さんに普段どおりの呼吸や体の動きが戻るまでは、心肺蘇生とAEDによる処置を継続します。

さらに詳しいAEDの使用方法については、AEDの使い方を、図を交えて丁寧に紹介。未就学児の場合の相違点も。の記事も参考にしてください。

3-3. 女性・妊婦さんに特有のAED使用時の注意点

妊婦さんに心肺蘇生やAEDを使用する際は、妊婦さんの体の状態を考慮した対応が必要です。以下に詳しく解説します。

左側を向くようにする、子宮を左側に傾ける

pregnant w w 1 妊婦さんにAEDを使用しても大丈夫?知っておくべき注意点と正しい知識

心肺蘇生中は妊婦さんの体を少し左側に傾けるか、可能であれば子宮を左側に移動させる「子宮左方移動(しきゅうさほういどう)」を行いましょう。妊娠20週以降になると、仰向けになった際に大きくなった子宮が体の右側にある下大静脈(かだいじょうみゃく)という大きな血管を圧迫します。下大静脈が圧迫されると心臓に戻る血液の量が減り、血圧低下やショック状態を引き起こしかねません。

子宮左方移動は、妊婦さんの左側に立ち、両手で妊婦さんのお腹を包み、体ごと妊婦さんの左肩の方へ引き寄せるように動かす方法です。子宮左方移動に特別な技術は必要ありませんが、もし難しい場合は、仰向けを避けて左側に15~30度傾けるようにしましょう。背中の右側にタオルやクッションなどを入れて支えると、無理なく体勢を整えられます。

胸骨圧迫の中断・遅延に繋がらないようにする

JRC蘇生ガイドライン2020では、子宮左方移動については、人員が充足し、胸骨圧迫の中断や遅延につながらない場合にのみ行うと推奨されています。

ブラジャーは外さなくてよい

AEDの電極パッドを貼る際は、素肌に直接貼る必要がありますが、ブラジャーについてはワイヤーや金属部分が電極パッドに触れないように注意すれば、必ずしも外す必要はありません。服の下で下着をずらして、胸の前側と脇の下にパッドを貼りましょう。

ただし、パッドを貼る部分にブラジャーの金属部分が重なる可能性がある場合は、パッドが正しく機能しないだけでなく、火傷の原因になることもあるため注意が必要です。

金属のアクセサリーに注意する

金属のアクセサリーに注意する

AEDを使用する際は、できればネックレスやその他の金属アクセサリーを外しましょう。電極パッドを胸部に貼るときに金属部分が電極パッドに触れると、アクセサリー部分に電流が流れてしまい、以下のようなリスクがあります。

  • 火傷
  • 感電
  • 電気ショックが心臓に適切に伝わらない

可能な限り、ネックレスやアクセサリー類は外すのが望ましいですが、緊急時には難しいこともあるため、パッドを貼る位置から金属部分をできるだけ遠ざけるようにしてください

4. まとめ

妊婦さんに心停止の可能性がある場合、AEDを使用できます。これまでの報告でも、AEDによる直接的な赤ちゃんへの悪影響は確認されていません。

心停止の原因が何であっても、倒れている妊婦さんに反応や普段どおりの呼吸がなければ、赤ちゃんへの酸素供給が止まってしまい、母親だけでなく赤ちゃんにも深刻な影響が及びます。

そのため、倒れた妊婦さんを発見した際には、応援を呼び人を集めて、迷わず胸骨圧迫を開始し、AEDの使用をためらわないことが大切です。可能であれば、血圧の低下やショック状態を避けるために、心肺蘇生の際は子宮を左側に寄せる「子宮左方移動」や、クッションやタオルを使って体を左側に15~30度傾けて体勢を整えましょう。

正しい知識を持ち、いざというときに落ち着いて行動できるように備えておきましょう。

5. 参考文献・参考リンク

5-1. 妊産婦の心肺蘇生・AED使用に関する医学文献

5-2. 産科系学会による提言・ガイドライン

5-3. 妊娠中に起こりうる合併症・非産科的な原因の資料

この記事を書いた人: マヤ小渕

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小渕マヤ。助産師、フリーライター。現役助産師として病院勤務の他、助産院Coloréを運営し、性教育やアロマケアを通して女性の心身のサポートに取り組んでいる。医療や看護の知識を元に、周産期医療やメンタルヘルス、フェムテック分野などで正確で読みやすい記事を執筆。現場に根ざした視点で、医療情報をわかりやすく届けることを心がけている。
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